『仏像ぐるりの人びと』麻宮ゆり子 感想|何者でもないことの怖さ。心の支えとなる作品

 『仏像ぐるりのひとびと』麻宮ゆり子

私の大好きな作品で、何度も繰り返し読み続けている本を紹介します。

仏像修復という珍しい仕事のアルバイトを通じて、主人公の雪嶋直久やその周りの人々の心も修復していく物語です。

この作品を読んでいると、自分の気持ちまで修復してもらえている気分になり、どんな時でも自分軸を見失うことなく頑張り続けようという活力が湧いてきます。

あらすじ

雪嶋直久は、大学受験浪人中の交通事故や、家族との関係などから不本意な進学をし、鬱屈とした生活を送る大学生。

ある日、大学で仏像修復のアルバイト募集を見かけて、昔から仏像が好きだった雪嶋は応募してみることに。

アルバイトを始めた頃は、任せてもらえる仕事も少なく、側から見れば退屈なものが多いですが、雪嶋は文句も言わずに素直に取り組みます。

単純作業ながらも繊細な工程の仕事を通じて、雪嶋は自身の心の傷や自分のやりたかったことと向き合っていきます。

登場人物もバラエティに富んでいますが、誰もが少なからず心に傷を抱えていて、それぞれの描写にハッとさせられることも多いです。

実生活の中でも、ああ、こういう人もいるよな、相手の裏側を考えることの大切さのようなものにも気付かされました。

自分と他人では、同じ物事でも感じ方や考え方が違うのは当たり前なのに、その前提を忘れて接してしまうことも多いですよね。

相手の立場に立って物事を発言したり、行動したりすることを心がけたいものです。

主人公・雪嶋の強さに憧れる

この作品の良いところは、主人公・雪嶋の心の強さが作中節々に感じられ、それがうまく読者に響くところだと思います。

先述した通り、雪嶋は浪人生活中に交通事故に遭い、後遺症により特徴的な歩き方をしています。

また、親との関係性から、自分の希望する進路とは異なる道を進むことになりました。

普通の人ならグレて、悪い道に進みそうな気もしますが、雪嶋はそれらの過去を人のせいにすることなく受け入れ、真っ直ぐに自分を見つめる強さを持っています。

自分の生活や人生に、丁寧に向き合っている感じがしました。

アルバイト先の雇い主である仏像修復師・門真からみる雪嶋の印象の描写も印象的で、雪嶋のイメージをより魅力的にしてくれました。

なかなか大学生で、ここまで芯の強さを感じさせる人って出会ったことないなぁ、と思います。

何者でもなかった私の支えとなったセリフ

私がこの作品を読んで一番救われたのが、

挫折なんてこの世にはない。全て経験でしかないんだよ

(『仏像ぐるりのひとびと』p.221より引用)
というセリフでした。

仏像修復のアルバイトで出会う、もえみという女の子の言葉です。

私にも雪嶋と同じように、どこにも属さず、何者でもない時期がありました。

(雪嶋の場合、どこに属していない上に、身体を動かすことすらままならない時期があったので、私に比べるとより重いですよね・・・。)

今考えれば大したことではないし、長い人生で見たら失敗でも遅れでもなんでもないのですが、まだ18~19歳という当時の私には、何者でもないということは、とてつもなく恐ろしいものでした。

今となれば、当時恐ろしいと思えていたことが正常というか、良かったことだったのかもしれないと思えるのですが。

このセリフによって、心の負担が軽くなった気がしましたし、ここで気落ちしている場合ではないのだと考えるようになりました。

何者でもなかった時期を脱した後も、私はことあるごとにこの作品を読んで自分を奮い立たせています。

自分がやりたいこと・やるべきことに迷った時、心が少し疲れているなと感じた時、なんでもない時など。

どんな時にもこの作品によって、自分自身を修復してきたような気がします。

この作品はすっかり私の心の拠り所の一つとなっています。

仏像修復の世界を覗き見ることもできるので、仏像にも興味が湧き、実際に観にいきたくなりますよ!

心に寄り添ってくれるような作品が読みたいという人には、とてもおすすめです。

ぜひ読んでみて下さい。

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